ICTの担い手は多様性が必要!
第4次産業革命が本格化する中、ICTは私たちの暮らし方や働き方をより便利に、快適にしていくものと期待されていますが、ICTが社会基盤として必要不可欠になればなるほど、その担い手や意思決定の場にも多様性が必要不可欠です。特定の層のみが開発者となり、意思決定を下した場合、特定の層のみに最適化されたICT基盤、社会基盤になってしまうことも危惧されます。とりわけ、AIは過去のデータから機械的に学習をするため、過去の差別や格差が再生産され、拡大していくリスクがあると指摘されています。
UNESCOが昨年発表した報告書「I’d Blush If I Could」では、デジタル分野における男女格差について課題提起がされており、「テクノロジーにおけるダイバーシティの欠如は、ビッグデータやアルゴリズムが日常生活に影響力を持つにつれ、深刻な乗数効果をもたらしうる。(省略)ディープラーニングがジェンダーバイアスを含むデータをもとに学習した場合、これらのバイアスはソフトウエアで再生産されてしまう」と述べています。
その上で、米Amazon社のAIを活用した採用システムが、「女性」という単語、例えば、「女性チェス部の部長」といった単語がレジュメに含まれているだけで、低評価の判定を下すことが判明した事例を挙げ、「仕事のマッチングに使われるアルゴリズムなど、デジタル経済における新たなビジネスモデルがジェンダーバイアスを維持させている」と指摘しています。
また、報告書によれば、欧州委員会では、「テクノロジーは、開発者の価値観や開発者が集めた情報が帯びる価値観を反映させてしまう」ということを認めており、このようなテクノロジーの開発分野において多様性に富むチームが増えれば、バイアスを特定し、取り除くための一助になることは明らかだ、としています。
日本では、デジタル分野におけるジェンダーバイアスやジェンダーギャップを主軸においた議論が活発化している向きは見受けられませんが、一部、政府の考え方にも盛り込まれています。2019年3月に政府が発表した「人間中心のAI社会原則」では、AIの活用に当たり、性別を含め、バックグラウンドにより不当な差別をされることなく、全ての人が公平に扱われることが原則とされており、AIの開発に当たっても、多様な視点を取り入れることを求めています。
米facebook、役員における女性比率がついに4割に
このような中、海外ではテック企業において多様性を拡大する取り組みが進められています。少し前には、facebookの新たな取締役として2名の女性が着任したとの報道がありました。記事では、「フェイスブックが上場した当時、同社の取締役はすべて男性だった。だが、3月9日に女性2人が取締役に加わったことで、4割が女性になった」ということをはじめ、その他のテック企業においても取り組みが前進していると伝えています。
Business Insider「フェイスブックに新取締役に2人の女性…取締役会の多様性を拡大するテック企業13社」
日本のIT業界におけるジェンダーギャップはどうなっているか
IT業界のサービス提供者や意思決定者などに多様性の確保が重要であることは前述のとおりですが、今回は、とりわけジェンダーの観点から、IT業界の現状を見ていきたいと思います。
まずはじめに、情報通信業にどれくらいの女性就業者が従事しているのかについて、総務省「労働力調査」をもとに確認してみましょう 。情報通信業で働く就業者229万人に占める女性の割合は2019年においては65万人となっており、女性比率は27.8%。他産業と比べても、「建設業(16.8%)」、「運輸業、郵便業(21.3%)」に次いで女性比率の低い産業となっており、まだまだ圧倒的に男性が多い産業であることがわかります。(ただし、ここでいう「情報通信業」には「放送業」や「映像・音声・文字情報制作業」なども含まれていることに注意が必要です。)
また、経済産業省では、「情報通信業」のうち「情報サービス業」および「インターネット附随サービス業」に分類される業種の企業を「IT関連産業」として調査を実施しています。(経済産業省「特定サービス産業実態調査」)2018年の調査によれば、IT関連産業における女性IT人材の比率は24.5%となっています。
続いて、情報通信業における女性管理職比率を見ていくと、7.5%と非常に低位となっていることがわかります。日本政府は、「社会のあらゆる分野において、2020年までに指導的地位に女性が占める割合を少なくとも30%程度とする」との目標を2003年に定め、政府一体となった取り組みを総合的かつ計画的に推進していくこととしていますが、調査からは目標の30%には程遠い実態となっています。
さらに、情報通信業の上場企業のおける女性役員の状況を見ていくと、平均女性役員比率は5.3%にとどまっています。各社の状況を集計すると、情報通信業における上場企業の約6割の企業には女性役員が1人もいないことがわかります。
理工系分野におけるジェンダーギャップはどうなっているか?
続いて、今後の科学技術分野を牽引する理工系人材の育成の観点から、ジェンダーギャップを見ていきたいと思います。
内閣府の「男女共同参画白書(令和元年版)」によれば、2018年度における大学(学部)及び大学院(修士課程,博士課程)の学生に占める女子の割合は、それぞれ45.1%,31.3%,33.6%となっており、いずれも過去最高となっています。一方で専攻分野別に見ると,理学及び工学における女子の割合が非常に低くなっています。
また、研究者については、(理工系に限らず)研究者全般で女性比率は16.2%、内閣府が国際比較をしたグラフを見ると、国際的に見ても非常に女性比率が低いことがよくわかります。
さらに、専門分野別にみると、女性比率は工学で6.2%、理学で14.8%と、より一層比率が下がります。
状況をまとめると・・・
情報通信業の就業者における女性比率は27.8%
情報通信業の管理職における女性比率は7.5%
情報通信業の上場企業の役員における女性比率は5.3%、女性役員が一人もいない企業は6割にのぼる。
大学・大学院で理学・工学を専攻する女子学生は1~3割未満と非常に少ない。
研究者の女性比率は、工学で6.2%、理学で14.8%
ますます深刻化するIT業界の人材不足
そもそもIT業界は、深刻な人手不足という課題に直面しています。
経済産業省が2016年に公表した「IT人材の最新動向と将来推計に関する調査結果」によれば、2030年には、最大で約 79 万人に拡大する可能性があると試算されており、この深刻化するIT人材不足の解決策として、女性、シニア、外国人材の積極的な参画促進が求められています。
また、内閣府も2019年6月に「AI戦略 2019」を発表しており、世界で最もAI時代に対応した人材の育成を行う観点から、「女性も含む多様な人材や、海外から日本を目指す人々も含め、それぞれの層に応じた育成策、呼び込み策が重要」としています。人材不足を補うという観点からも、女性をはじめ、あらゆる人が働きやすい業界へと変革していくことが不可欠となっています。
IT業界を、誰もが働きやすい職場に。
今回は、多様性、とりわけジェンダーの視点からIT業界の実態を見てきましたが、 性別のみならず、性的指向・性自認、人種、年齢、障害、肌の色、国籍、宗教や信条、遺伝情報など、あらゆる属性へのバイアスを念頭に考える必要があるでしょう。
テクノロジーは社会に対し、強力な影響力を持っています。だからこそ、IT業界は、知らず知らずのうちに誰かを排除していないか、あらゆる人がその便益を享受できるようになっているのか――といった問いに対し、包括的な視点で向き合わなくてはならない時代に突入しています。
まだまだ男性中心のIT業界ですが、社会的役割を果たしていくためにも、女性をはじめ多様な人材を意識的に招き入れるとともに、誰もが働きやすい職場環境、産業を作っていくことが必要不可欠です。