違法適用の企業名公表へ
2019年1月6日付の朝日新聞でこんな記事が配信されました。
裁量労働制の違法適用があった場合に企業名を公表する方針ということです。ただ、記事を読むと公表の基準は、
1)裁量労働制を適用する社員のおおむね3分の2以上が、制度を適用できない仕事をしていた
2)違法適用した社員のおおむね半数以上が、違法な時間外労働をしていた
3)うち1人以上が月100時間以上の残業をしていた――の三つの条件すべてに当てはまる情報労連上場が複数見つかった場合
ということで、非常にハードルの高いものになりそうです。
裁量労働制の導入率が高い情報通信産業
情報通信産業は、他産業に比べて「専門業務型裁量労働制」の導入割合が高い業界です。「平成29年就労条件総合調査」によると、専門業務型裁量労働制を導入している割合は情報通信業が26.6%で、他産業に比べて飛びぬけて導入率が高いことがわかります(下記グラフ)。
専門業務型裁量労働制には、システムエンジニアやシステムコンサルタントが含まれています。情報通信産業での導入割合が高いのは、こうした業務が対象業務になっていることが背景にあります。
ただ、システムエンジニアの業務と言っても、単なるプログラムの設計や作成を行うプログラマーは含まれません。厚生労働省のサイトでは、「プログラムの設計又は作成を行うプログラマーは含まれないものであること」と説明がついています。
厚生労働省のサイトはこちら
そのため、プログラムの業務しかしていないのに、裁量労働制を適用されているという人がいたら、違法に裁量労働制を適用されていることになるので、時間外労働をしていれば未払いの残業代を請求できることになります。
判断が難しいのは、対象業務にどの程度従事していれば適法もしくは違法になるのかという明確な基準がないことです。実態に基づいて判断されることになります。
そもそも、裁量労働制を導入するには一定の事項を定めた労使協定を過半数労働組合または過半数代表者と締結し、届け出ることが必要です。しかし、こうした要件を欠いて違法に運用されている事例も少なくありません。労使協定の締結・届出があるかもチェックしてみましょう。
裁量労働制の適用を違法とした「エーディーディー事件」
専門業務型裁量労働制の要件を、上記のように手続き要件からではなく、実際に業務遂行・時間配分に裁量性があるのかという実体的要件から違法であると判断した判例もあります。それが「エーディーディー事件」です(判決文はこちら)。
ポイントの一つは、裁判所が業務の遂行に裁量性がなかったことを問題の一つとして挙げたことです。裁判所はシステムエンジニアに裁量労働が認められるのは、「システム全体を設計する技術者にとって、どこから手をつけ、どのように進行させるかにつき裁量性が認められるから」と示しました。
その上で、裁判所は、男性が勤務する下請けの会社がシステム設計の一部しか受注しておらず、しかもその業務がかなりタイトな納期を設定していたことを理由に、「下請にて業務に従事する者にとっては、裁量労働制が適用されるべき業務遂行の裁量性はかなりなくなっていた」と判断しました。
下請け企業の業務遂行の裁量性について言及している点もポイントだと言えそうです。
裁量労働制はSEにどれほどふさわしい?
「エーディーディー事件」の判例を通してシステムエンジニアへの裁量労働制の適用を考えると、多重下請け構造の中で、現場のシステムエンジニアにどれほどの裁量性があるのかという問題が浮かび上がります。
「エーディーディー事件」で代理人を務めた塩見卓也弁護士は、次のように指摘しています。
「多重下請け構造や分業化によって、裁量を持って働ける場面が少ないにもかかわらず、対象業務に当てはまっていれば適用可能という感覚で制度が乱用され、長時間労働や不払い残業が横行しています。また、多重下請け構造下では、末端の下請け企業にプロジェクト全体をどのように進行させるのかという裁量性はありません」
(引用:情報労連REPORT2018年7月号「システムエンジニアの働き方に裁量労働制はふさわしいのか?」)
著名な労働法学者の菅野和夫氏は、著作(『労働法第11版』)の中で裁量労働制を次のように説明しています。
「裁量労働制は、創造的労働のための裁量性を本質とするものであり、対象労働者がどこで、何時間、どのように業務を遂行するかの自由(自律性)を有しなければならない」
「平易に言えば、裁量労働制は、当該労働者が個席にいなくても上司は文句を言えない(ミーティングへの出席等も労働者が主体的に行う)、という制度である」
裁量労働制の本質を踏まえた上で、手続き要件や実体要件をあらためてチェックしてみてください。また、裁量労働制の導入を打診された場合は、趣旨や要件を踏まえたものであるかなど、慎重な対応が求められます。
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